淀川区の十三駅8分「オフィスかじ整体院」つらい症状を根本改善

梶谷 真太郎

院長経歴・資格
・柔道整復師・鍼灸師
・腰痛治療器 リアラインコア認定士       

臨床年数
10年

 

 

ごあいさつ

この道を選ぶまで

私は、大阪市の池田市で長男として生まれました。

幼い頃の思い出は病室の天井を眺めながら点滴を受けていることというくらい病弱でした。

そんな私を五歳より両親が日本拳法に通わせてくれました。強く育って欲しいという思いがあったのだと思います。

小学校五年生の頃には一日も休まず学校へ行けるようになり、日本拳法も決して強くはなかったですが精神的にも体力的にも自身がつき自分が成長していくのを楽しんでいました。

勉強はあまり得意ではなく、高校で日本拳法部があるという理由で吹田市にある大阪学院高校へと進みました。高校生活を満喫したく、モテたいという理由で髪の毛を伸ばしてみたりとしていました。が、部活の先輩がそんなこと許すはずもなくいきなり坊主頭に刈られたこともあります…。とりあえず一年の間は仕方がないととにかく練習に打ち込んでいる内にどんどん楽しくなりに、結局勉強そっちのけで練習・トレーニングに打ち込んでいました。結局、高校生活は日本拳法に捧げたようなものです。

引退試合一か月前に右肘の靭帯を痛めてしまい、テーピングをガチガチにして出場しましたが、何もできず敗退。大将を任されていたこともあり、悔しさと仲間への申し訳なさでトイレで泣きじゃくったことを覚えています。

そして、同じ想いをしている人を助けたいという想いが生まれ、周りは皆大学へ行く中、柔道整復師の道へと進むことになります。

 

開業の決断

午前・午後と整骨院で働きながら昼休みに学校へ行く生活を三年間していました。

あの頃は勉強した知識がそのまま患者さんの喜びになるのが楽しくて夢中でした。おかげで国家試験も難なく合格できました。

もっと体のことを知りたいと思い鍼灸の学校へ通うように。

そこで出会った先生が僕の師匠になる骨盤専門でされている先生です。骨盤、患者さんの歩行を診ていくことで病院で原因不明と言われている腰痛、ヘルニア、狭窄症等の患者さんばかりをよくしていくのを目の当たりして衝撃が走りました。

そして弟子入りを志願して。

今まで整骨院でみてきた患者さんとは違う難病の方をみることに。

これがまぁよくできない、本当に症状が変わらない。

必死で専門書を読み、論文を読み、勉強しても変わらない。

いつしか自分が担当している患者さんが来られる日が近づくと不眠になり、吐き気が止まらず本当に苦しかったです。

結果を出せないのにみないといけない、患者さんは待っているという苦しみは本当に辛かったです。

でも不思議とやめようとは思わなかったです。

二年程、こんな日が続いていましたが、ついに運命の言葉と出会うことになります。

天皇様の心臓を手術した天野先生がTVで「その人の人生をみないといけない」とおっしゃられたのを聞き、私の体にまたも衝撃が走りました。

私はそれまで症状・病気を必死にみてきて『人』をみるということをしていなかったのだと気付きました。

 

その日を境に患者さんがどういう人生を歩んできたのか、どういう思いでいるのか、何を大切にしているのかなど、人と人との関係を大切にし、徹底して話を聞くことをしていました。

すると、こんな思いで来られているのか、こういう考えを持っているのか、だからこういう習慣がありこのような状態になっているのかと少しずつ少しずつ『人』をみることができるようになってきました。

そして私は普通の整骨院ではできない『人』をしっかりみて本当に困っている人をよくしてあげたいという想いのもと開業を決意しました。

 

開業してから

施術一人一人の時間をとって本気で困っている方と向き合いたいという想いより、保険施術は行わず、自費施術でみることを決意。

また人の体は脊椎と骨盤という土台に問題が起き、それが全身の歪みとなって症状を引き起こすということに辿り着き、その要である腰椎の専門として椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、難治性慢性腰痛の方を多くみることになります。

現在も一人一人の生き方をみて、なおかつ身体観察を練り上げ日々成長させて頂いています。

また月に一度、院内でのセミナーや役所などの依頼で多くの方に骨盤について、人をみる大切さをお伝えし、自らも学ばせて頂いています。

来院された方が良くなって笑顔になり、そして自分の経験したこと、気づいたことを同じ症状で困っている人に伝え、そしてその人が笑顔になる。

これを院の理念とし全力で施術しています。

オフィスかじ 梶谷 真太郎

 

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